2023年度 第1回公開研究会

「移動」から異文化間教育研究を展開する-象徴的移動に着目して-

 研究委員会

2023年度の特定課題研究テーマは「『移動』から異文化間教育研究を展開する-象徴的移動に着目して」である。本年度も発表者を公募し、多くの会員から応募をいただいた。本テーマへの貢献や研究方法・内容のバランス等を念頭に審査を行い、登壇者として小林元気会員、塩入すみ会員、山崎哲会員を、指定討論者として郷司寿朗会員を選出した。
今回の公開研究会では、登壇者の発表内容について会員の皆様と活発に議論し、本テーマを深める機会としたい。

主旨

これまで異文化間教育学では、移動する子ども・若者に関する研究が膨大に蓄積されてきた。それらの多くは、国家間の物理的移動に関与する海外帰国生、移民二世、留学生等を対象とし、かれらが経験する教育上の問題を明らかにしてきた。
しかし、人々が経験する移動は、物理的なものに限らない。私たちは、ある場所からある場所への移動だけでなく、ある立場からある立場、ある時からある時、ある状態からある状態への移動を日常的に経験している。これまで異文化間教育学では、このような「象徴的移動」を等閑視してきたきらいがないだろうか。無論、これらの移動は単独で経験されるとは限らず、物理的移動を含めた複数の移動が交差し合う中で経験されることもある。こうした象徴的移動を問うことの重要性は、物理的移動が制約されるコロナ禍において一層高まっているといえよう。
本特定課題研究では、この「象徴的移動」を切り口として、異文化間教育研究における移動の多様性と複雑性を捉えるための議論を展開したい。異文化間教育学会が自明視してきた「移動」という現象に着目することで、複数の文化的状況の間に生きる子ども・若者の経験に対する理解を深めることはもちろんのこと、かれらの経験をより豊かに分析・記述したり、かれらに対する教育実践の再構築を促したりすることが可能になるだろう。
また、多様な研究者が「移動」概念のもつ可能性を議論することで、学問分野間の対話や相互理解が深まり、異文化間教育学における学際性(transdisciplinary)の醸成につながることも期待さる。
このような前提を踏まえた上で、本研究会では、さまざまな象徴的移動に焦点を当てた3つの発表を起点として議論を深めていく。また、各発表を手がかりに、登壇者と参加者で意見交換を行う。会員間で象徴的移動に関する議論を重ね、人々の移動に関心を寄せてきた異文化間教育学研究の新たな展開を共に提起していくことを目指す。

登壇者およびタイトル

  • 小林元気(鹿児島大学)
    「留学経験がもたらす日本人若年層のグローバル・マインディッドネスの変容─異文化間移動の定量的分析」
  • 塩入すみ(熊本学園大学)
    「技能実習生と関わる人々の移動可能性─外国人散在地域でのフィールドワークから」
  • 山崎哲(一橋大学大学院)
    「ルーツが剥き出される場所としての学校─中国帰国者三世の移動(不)可能性に着目して」

総括討論

  • 郷司寿朗(長崎大学)

日時

2022年12月17日13時~16時

開催方法

zoom開催(要事前申込)

申込方法

https://forms.gle/TYzWAnyNpuZNM65t6

今後、2023年6月の第44回大会での特定課題研究発表に向けて、第2回公開研究会を3月に開催する予定です。合わせて、皆様の積極的な参加をお待ちしております。ご不明な点や質問がございましたら、iesj.research.2021@gmail.comまでお寄せ下さい。

2023年度 第1回公開研究会報告

第1回公開研究会 2022年12月17日

研究委員会

2023年度特定課題研究「『移動』から異文化間教育を展開する−象徴的移動に着目して-」の第1回公開研究会を、2022年12月17日(土)13時〜16時にオンラインで実施した。当日は最大40名(内研究委員会関係者10名)の参加があった。

周知のとおり、本年度も公募形式で登壇者を募り、研究委員会メンバーで厳正に審査した結果、学問分野や研究内容の異なる3名(小林元気会員、塩入すみ会員、山崎哲会員)を登壇者に、そして指定討論者として郷司寿郎会員に決定した。今回は、登壇者の発表ののち、本テーマである「象徴的移動」について参加者とともに発想を広げ、理解の幅を広げることをねらいとした。

前半は、芝野委員による趣旨説明の後、3人の登壇者から20分ずつ話題提供を行った。小林元気会員は「留学経験がもたらす日本人若年層のグローバル・マインディッドネスの変容」というタイトルで、象徴的移動をグローバルマインデッドネス構築のための要因として定量的に分析することに関して議論した。続く塩入会員は「技能実習生と関わる人々の移動可能性ー外国人散在地域でのフィールドワークから」のタイトルで、熊本にてアジアからの技能実習生を受け入れる農家や工場の人々が経験する移動(不)可能性に関して報告した。また、山崎会員は「ルーツが剥き出される場所としての学校−中国帰国者三世の移動(不)可能性に着目して」のタイトルで、ルーツを秘匿することで日本社会における移動性を確保することなどについての事例を提示した。各発表の後、郷司会員が総括として今後の研究発表の展開の方向性について、改めて「象徴的移動性」や「移動性」について具体的なデータをもとにさらに展開させ、整理をしていく必要性を論じた。

後半は、川島委員によるリードのもと、登壇者毎に3つのグループを設定した上でランダムに参加者を分け、「象徴的移動とは何か」に関してブレーンストーミングを行った。いずれのグループもJamboardを使用し、互いの意見を可視化しながら活発な議論を展開していった。

事後アンケートでは、多くの参加者が本テーマに関心を持ち、学びを深められたことがうかがえた(添付資料)。また、登壇者の発表については、学会のYouTubeにて2023年1月末まで限定公開を実施する(https://youtu.be/g3_RR9zWq4c)。

「象徴的移動」という広いテーマのもとに集まった各研究が、今回の研究会の準備を通して「前に進んでいる感覚」や「とどまっている感覚(stuckness)」といった「存在論(実存)的移動 existential mobility」に共通的して着目していることが明確になってきた。事後アンケートにも「象徴的移動の整理の必要性」が記載されていたように、今後、誰かの物理的移動により波及する「存在論(実存)的移動 existential mobility」に関する理解を深め、整理しつつ、議論を発展させていく。具体的には、本テーマに関する「公開読書会(2023年2月11日(土)16:30-18:30)」「オンライン講演会(2023年3月4日予定)」を企画しており、それを踏まえた上で「第二回公開研究会(2023年3月26日(日)13:00-16:00)」へと繋げていく予定である。